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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)164号 判決 1984年10月18日

原告

株式会社横河北辰電機製作所

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は「特許庁が昭和57年6月2日、昭和55年審判第22170号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和46年6月26日、名称を「表示装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をし(昭和46年特許願第55780号)、昭和54年2月2日出願公告(特公昭54―2116号)されたところ、9件の特許異議の申立があり、昭和55年9月17日、特許異議申立人日本電装株式会社による特許異議の申立は理由があるものと決定されるとともに、特許異議の決定に記載した理由と同じ理由によつて拒絶査定があつた。そこで、昭和55年12月11日、審判を請求(昭和55年審判第22170号事件)したところ、昭和57年6月2日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年7月12日に原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  基板上に複数個の発光素子をその発光面が1次元的に並ぶように配置し、該複数個の発光素子のうちの特定な素子を2以上の入力信号に関連して時分割的に選択し発光させ、これら発光素子の発光位置から前記2以上の入力信号の大きさを知るようにした表示装置。

(2)  発光素子として、基板上に一次元的に並べて配置した複数個のカソード電極と、このカソード電極がわずかばかりの間隔を隔てて交互に入るように配置した複数個の櫛状電極とを有し、前記複数個のカソード電極と前記複数個のアノード電極のうち特定なカソード電極とアノード電極とを2以上の入力信号に関連して時分割で選択し、両電極間を放電発光させるように構成したものを用いた特許請求の範囲第1項記載の表示装置。

(3)  発光素子として、ガスが封入された管内の基板上に一次元的に並べて配置した複数個のカソード電極と、このカソード電極の一端がわずかばかりの間隔を隔てて対向するように配置した複数個のアノード電極とを有し、前記複数個のカソード電極と前記複数個のアノード電極のうちの特定なカソード電極とアノード電極とを2以上の入力信号に関連して時分割で選択し、両電極間をガス放電発光させるように構成したものを用いた特許請求の範囲第1項記載の表示装置。

(4)  複数個の発光素子のうちの特定な素子を2以上の入力信号に関連して時分割的に選択し発光させる手段として、2以上の入力信号がそれぞれの接点に与えられ、これら各接点に与えられている入力信号を時分割で切換えて取り出すスイツチ手段と、このスイツチ手段を介して取り出された信号に関連する信号が印加され、一方のリード線(行線または列線)にいくつかの発光素子のグループを選択する入力信号が、他のリード線(列線または行線)に各発光素子の個別を選択する入力信号が与えられ前記行線と列線とが交さする位置に発光素子が接続されたマトリツクス回路とで構成したものを用いた特許請求の範囲第1項記載の表示装置。

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は前項記載の通りと認められるところ、ドイツ特許出願公開明細書第1623873号(以下「第1引用例」という。)には、複数個の発光素子を一次元的に配列し、表示すべき入力信号の大きさに応じた数の発光素子を配列の順に従つて選択的に発光させ、入力信号の大きさを表示する装置が記載されており、さらに、ドイツ特許出願公開明細書第1623872号(以下「第2引用例」という。)には、複数個の発光素子を一次元的に配列し、表示すべき入力信号の大きさに応じた順位の発光素子のみを選択的に発光させ、入力信号の大きさを表示する装置が記載されている。

本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「第1発明」という。)と第1引用例または第2引用例に記載された発明とを対比すると、第1発明において、“発光素子を2以上の入力信号に関連して時分割的に発光させること”を構成要件としているのに対して、両引用例には記載がない点でのみ相違がある。しかしながら、この点は、複数の入力信号の何れか1つを、例えば、切替えスイツチで選択可能にして単一の表示手段へ導入するという、多元測定における慣用技術を単に適用したにすぎない。なお、この点に関して、出願人は、「本願発明は、ひとつの表示装置でもつて複数の信号をほゞ同時に同一表面上で観察することが可能となり、複数の信号の相互関係を一見して認識することができる」と述べているが、この主張の根拠となるべき構成の限定が特許請求の範囲になされていない。また、この限定が付加されたと仮定しても、この限定条件の付加は、測定量を光点で指示する形式の表示装置において周知の時分割方式多現象同時観測技術(例えば、ブラウン管オシロスコープによる時分割方式多現象同時観測装置を挙げることができる)から当業者が容易に想到し得る事項でもある。したがつて、第1発明は、第1引用例または第2引用例に記載された発明にもとづいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。したがつて本願は拒絶を免がれない。

4  審決の取消事由

審決の要旨認定、各引用例に審決引用の記載事項の存すること、多元測定の慣用技術の存在、周知の時分割方式多現象同時観測技術として、ブラウン管オシロスコープによる時分割方式多現象同時観測装置の例があること、本願願書添付の第1ないし第8図と、第2引用例の第2図、第7図とが技術的に同一であることは争わない。

しかしながら、審決は、次のとおり、進歩性の判断を誤つており、違法であるから取消されねばならない。

1 構成の容易推考性について

第1発明の特徴は、1次元的に並ぶように配置された複数個の発光素子の特定の素子を2以上の入力信号に関連して時分割的に発光させる構成にある。

かかる技術的思想は、各引用例に開示されていないし、審決のあげる慣用技術、公知事項から容易に想到できるものではない。しかるに、審決はこの点を看過している。

なお、右にいう1次元的とは、1列に整列して配置されているという意味である(本願公報2頁3欄17行)。

すなわち、複数個の発光素子は、発光面が1方向に1列に整列するように基板上に配置され、1列でもつて、ひとつの表示部を構成している。本願公報において、第1図、第2図、第5図、第6図、第7図、第9図はいずれも、複数個の発光素子をその発光面が1列に整列して配置された、すなわち、複数個の発光素子をその発光面が1次元的に並ぶように配置されたひとつの表示部について明示している。また、第10図は、発光素子を2列に配列して、2つの表示部を構成した例(本願公報4頁7欄23行ないし27行)であり、ひとつの表示部は、第9図のものと同様に1列に整列して配置されている複数個の発光素子で構成されている。

なお、第10図の例は、特許請求の範囲には含まれない技術内容であつて、第10図及びこれに関係する説明(本願公報4頁7欄23行ないし8欄第2行)は、原告(出願人)において、削除すべきであつたと考える。

被告は、発光素子を2つ以上の入力信号に関連して時分割的に発光させることについて、慣用技術を単に適用したにすぎないとし、慣用技術として乙第1号証ないし乙第3号証を提示する。

しかしながら、これらに記載の各技術は、第1発明が対象としている複数個の発光素子を1次元的に配列して構成した表示装置、すなわち、2つ以上の信号をほぼ同時に表示することを可能とした構成の表示装置を対象としたものではなく、第1発明の属する技術分野のものではない。

すなわち、乙第1号証のものは、機械的なサーボ機構を有し、打点ピンによつて順次、入力信号を記録紙上に記録させる打点記録計の技術分野であり、また、乙第2号証のものは、機械的に動く指針を有した指示器の技術分野で、共に本願公報1頁2欄に従来公知の手段として示した(ⅰ)手法に属するものである。また、乙第3号証のものは、ブラウン管上のビームを偏向させて信号表示を2次元的に行うオシログラフの技術分野で、本願公報1頁2欄に従来公知の手段として示した(ⅱ)の手法に属するものである。

時分割的に発光させる点が慣用技術というには、第1発明の属する技術分野、すなわち、複数個の発光素子を1次元的に配列し、2以上の信号をほぼ同時に表示することが可能な表示手段において、一般に慣行されている技術でなければならないと考える。

したがつて、乙第1号証ないし乙第3号証記載の技術をもつて、慣用技術とすることは不適当であり、慣用技術に基づき第1発明の進歩性を否定した審決の判断は、誤りである。

2 作用効果について

審決は、1つの表示装置で複数の信号をほぼ同時に同一表面上で観察することができ、複数の信号の相互関係を一見して認識できることができる作用効果の顕著さを看過し、第1発明の進歩性を否定したのは、判断を誤つたものである。

すなわち第1発明によれば、複数の信号を本願公報8頁第9図に示されるようにほぼ同時に、同一表示面上で1次元的に観察することが可能となり、e1e2の各信号だけでなく、e1とe2の偏差の大小についても一見して認識できるという予測できなかつた格別な効果がある。すなわち、その8頁第9図において、各指示値e1とe2の距離が小さければ偏差は小さく、e1とe2の距離が大きければ偏差が大きいと直ちに認識できるのである。また、時分割の周期を本願8頁第9図に(B)に示すように各指示値e1とe2に対応した素子への通電時間の割合を変えることにより、指示値e1は明るく、指示値e2は暗く表示することもできる(本願公報4頁7欄18行ないし22行)。なお、ここで、2個の信号を切換える繰返し周期は、人間の目の残像効果が利用できる程度の比較的短かな周期に選定されているもので、発明の詳細な説明の項にはそのような説明はないが、前記第9図における指示例は、このことを明示している。

被告は、慣用技術の適用において、それぞれの信号を入力する時間を短くすることにより、ほぼ同時観察ができる、としているが、乙第1号証および乙第2号証の技術は、いずれも機械的な指示部を含むものであるために、同時観察ができる程度に、信号を入力する時間を短くすることは不可能である。

また、乙第3号証の技術においては、同時観察は可能であるが、表示が2次元的になされるために、各信号の相互の関係を一見して認識することはできない。これは乙第1号証ないし乙第3号証が共に本願明細書に従来公知技術として示した手法に属するものであるからである。

したがつて、被告が慣用技術であると主張する乙第1号証ないし乙第3号証の技術を引用例へ適用することは不適当であり、また仮に適用したとしても、第1発明のもつ格別な効果、すなわち、2つの入力信号の他に両入力信号の差を直接認識することができるという第3の信号ともいうべき効果を挙げることはできない。

第3被告の答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の取消事由の主張は争う。

審決の判断は、つぎに述べるとおり正当であつて、何ら違法の点はない。

1 取消事由1について

審決の理由で述べた多元測定における慣用技術は、例示した乙第1号証ないし第3号証にみることができるように、多くの元からなる測定対象において検出された複数の検出信号をそれぞれ表示する場合に、それを単一の表示装置で行うために複数の検出信号の何れか1つを選択可能にして単一の表示手段への入力信号として導入するということを指している。そして、この慣用技術の適用については、表示手段が入力信号の連続的な変化に応じて表示が可能な形式のものであれば直ちにこれを適用し得るということは、自明である。

原告は、乙第1号証ないし第3号証記載の各技術は、第1発明の属する技術分野のものではない、と主張しているが、乙号各証は、何れも2つ以上の入力信号の大きさを知るようにした多元測定技術であり、また表示技術であることについては、乙第3号証はその表題が「多現象波形の区別表示方式」であることからも分かるようにそれを明示しているし、乙第1号証および第2号証はそれぞれ指示計、指示器となつているが、これらが当該技術分野において表示技術の1種であることは一般的に知られており、第1発明と同じ技術分野のものであることは明らかである。

一方、第1引用例または第2引用例に示される表示装置は、入力信号の連続的な変化に応じて表示が可能な形式のものである。

してみると、第1引用例または第2引用例に示される表示装置が当該慣用技術を直ちに適用できる対象として発想をする事自体に格別の発明力を要しないし、また、構成上も第1引用例または第2引用例への当該慣用技術の単なる適用によりなし得る構成と第1発明の構成とに格別の相違が生ずることとなるような事項が付加されてもいない。

したがつて、各引用例および慣用技術から第1発明は容易に発明をすることができたものであるとしてその進歩性を否定した審決の判断には誤りがない。

2 取消事由2について

同時観察の作用効果は引用例への慣用技術の適用において当然予測される作用効果である、すなわち、それぞれの信号を入力する時間を短かくすることによりほぼ同時に観察ができる、というほどのことであろうから2つ以上の入力信号に関連して時分割的に選択動作される場合の分割時間の長さを単に選んだにすぎない。

原告は、第1発明は偏差の大小についても認識できるという予測できなかつた格別の効果を奏する旨主張しているが、本願明細書の発明の詳細な説明には、図面第9図に関して表示装置がブロック線図をもつて概略的に説明されているにとどまるのである。そうすると、原告主張の効果は、請求の範囲には入力信号の種類について特定していないのであるから、第1発明の構成に対応しないものであつて、右主張は失当である。仮に然らずとしても、第1引用例および第2引用例には、基板上に複数個の発光素子をその発光面が1次元的に並ぶように配置し、該複数個の発光素子のうちの特定な素子を入力信号の大きさに関連して発光させるようにした表示装置を示されているのであるから、原告主張の右効果は、第1発明の2以上の入力信号の大きさを知るようにした表示装置における時分割表示という慣用技術の適用において設計上考慮される分割ないし切換時間の単なる選択によつてもたらされるものであり、この意味で当然予測される範囲のものと認められる。付言すれば、乙第3号証の第48頁の「1、まえがき」の項には「多数の相関関係にある現象を同時に観察する」ことが既知の技術的課題である旨記載されており、この記載からみても、原告主張の効果は予測される範囲のものであることが明らかである。

したがつて、第1発明の効果についての原告の主張は不当である。

第4証拠関係

本件記録中書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 構成について

成立に争いのない甲第4号証によれば、第2引用例の第2図、第7図に示されている装置は、第1図に示される概念図と明細書の説明を合わせてみると、1つの測定値のアナログ入力電圧(入力信号)UEINが変換器1により右入力電圧に比例した周波数のパルスに変換され、計数器2により計数されて2進コードの形態にされ、さらに、デコーダ5により固有スイツチTE0ないしTE9とグループスイツチTZ00ないしTZ90を制御する各信号に変換され、これらの制御信号により、固有スイツチのうちの1つと、グループスイツチのうちの1つとが、同時に制御されて動作することにより、複数個、1次元的に配置されている発光セル(発光素子―平板コンデンサから成り、その透明誘電体中に発行体を含有するエレクトロルミネツセンス)のうちの、対応する1つの発光セルが選択的に励起されて発光し、右入力電圧の大きさを表示するようにした装置であることが認められる。すなわち、複数個の発光素子を1次元的に配列し、表示すべき入力信号の大きさに応じた順位の発光素子のみを選択的に発光させ、入力信号の大きさを表示する装置が記載されているものといえる。

そして、成立に争いのない乙第1号証の1ないし3(昭和45年11月25日、日刊工業新聞社刊、プロセス計測制御便覧編集委員会編「プロセス計測制御便覧」)によれば、多点記録計の打点記録方式の1つとして、スキヤニング時分割方式を用いたものであつて、1つのサーボループを共用し、多数の被測定入力信号と対応する打点用記録ピンとを同期して切換え、サーボループが平衡してのち打点し、順次これを切換えて、1枚の記録紙上に、各被測定入力信号に対応する波形を並列し、かつ各測定値ごとに色分けして記録し、測定値(測定波形)間の相関を見ることができるようにしたものが記載されている。また、成立に争いのない乙第3号証の1、2(有限会社電子計測出版社発行「電子計測」1963年10月号)には、現象波形観測のブラウン管を使用したオシログラフによつて多数の相関関係にある現象を同時に観測するために、ビームおよび偏光系を1組だけとし、電子切換器によつて時分割的にブラウン管の蛍光面上に多現象を表示し、かつ、各現象の識別を容易にするために、各波形を区別(たとえば着色により)して表示するようにした時分割方式多現象同時観測法が記載されている。したがつて、関連する複数個の入力信号の何れか1つを(1つずつ)時分割的に単一の表示手段に導入し、表示する方法が多元測定の表示技術として慣用されているものと認めることができる。

そうして、ひるがえつて、この慣用技術として存在する複数の入力信号の何れか1つを時分割的に単一の表示手段に導入し、表示する多元測定の表示技術を、前示認定にかかる第2引用例におけるような、複数個の発光素子を1次元的に配列し、表示すべき入力信号の大きさに応じた順位の発光素子のみを選択的に発光させ、入力信号の大きさを表示する装置に適用することは、少なくとも1つの表示手段によつて複数の信号を表示するようにしたものである点で共通するから、その観測の目的に応じて、当業者であれば容易に実施することかでき、かくして第1発明のように構成することに格別の困難性があるとはなし難い。

そうすると、1次元的に並ぶように配置された複数個の発光素子の特定の素子を2つ以上の入力信号に関連して時分割的に発光させる第1発明の特徴として原告が主張する構成について、少なくとも第2引用例に慣用技術を適用して容易に想到することができるものとした審決の判断に誤りはなく、この点に関する原告の主張は採用することができない。

2 効果について

成立に争いのない甲第2号証、第5号証に前掲甲第4号証、乙第1号証の1ないし3、第3号証の1・2を総合して検討すると、第1発明は、各発光素子への信号入力時間について何ら限定をしているものではないから、前項判示のとおり、その構成が、第2引用例の装置に慣用技術を適用することによつて容易に想到することができるものである以上、その奏する効果も、第2引用例の装置および慣用技術から当然に予想できる範囲のものというべく、格別のものは見出し難いし、原告が特に強調する同時観察、その結果の第3の信号ともいうべき効果の点も、その例に洩れないといわねばならない。

したがつて、この点に関する原告の主張も採用することはできない。

3  そうすると、審決には原告の主張するような判断の誤りはないから、これを理由としてその取消を求める原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(舟本信光 杉山伸顕 八田秀夫)

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